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連載コラム~変革リーダーシップの発揮~【第2回】疑う心

2021.3.6  変革リーダーシップ

 

神奈川県の秦野市に元湯陣屋という旅館があります。
将棋・囲碁のタイトル戦を300回以上も開催している歴史と伝統ある老舗旅館です。

この元湯陣屋は、今から12年前の2009年に倒産の危機に瀕していました。
バブル期から右肩下がりで業績低迷が続き、ついに損益は数千万円の赤字が出る状態となり、負債を10億円抱えるまでに至っていたのです。

前年の2008年には社長が亡くなり、奥様が社長に就任されていたものの心労から入退院を繰り返していました。

売却先に、あるホテルチェーンが手を挙げましたが、リーマンショックの後でもあり運営権の提示価格はなんと1万円でした。
また、さまざま調べると、その企業は経営能力が高いとはいえませんでした。
もし、この企業が経営再建に失敗すれば、一族に多額の借金だけが残り路頭に迷うことになります。
そこで、息子さんご夫婦である宮崎夫妻が相談の末、サービス業とは二人とも無縁であったものの、勤めていた会社を退職して社長と女将として再建にあたることにされます。


現場で働き始めて、お二人は低迷の原因が三つに集約されることに気付かれます。

一つは売上・費用のバランスが完全に崩れていたことでした。
基本単価は1万4千円の設定であったものの、稼働率を維持するために1万円を割る価格での販売が常態化していました。
しかも、客室が20室しかないにも関わらず、分業化の影響で社員・パートスタッフは120名いる状態で、明らかに採算が合わない構造に陥っていました。

二つ目は情報管理がアナログで非効率であることでした。
勤務記録が手書きで、労働時間集計に三人で三日かかっていました。
予約台帳も三十日綴りの手書きで書き込むものであったため、一人がお客様からの予約を受け付けると、他のスタッフが予約電話を受けてもすぐに回答できずに機会損失を多く生んでいました。

そして三つ目に、スタッフのコミュニケーション不全が派閥を生み、それが業務に支障をきたしてサービス低下を招く事態にまで至っていたことにありました。


原因を掴んだ夫妻は、改革に着手されていきます。

まずは投資の不要な料理改革により客単価を上げることから始められます。
予約、売上分析、会計処理、原価管理、情報共有などデジタル化を進めて効率化も図っていかれました。
そして、お客様が入館される際、陣太鼓を叩くだけの仕事しかしていなかったスタッフもいた分業化状態から、マルチタスク化を進めていかれました。

そのなかで、決して給与を下げることはされなかったものの、サービス業とは無縁の夫妻が行う改革に反発するスタッフは、ベテランを中心に退職していきました。

結果、夫妻の方針に賛同するスタッフが残り、モチベーション高い少数精鋭での運営がなされ、改革は順調に進みました。


しかし、時が経つにつれ少数精鋭の影の部分が目立ってきました。
若年層の採用を始めていったものの、少ない人数でオペレーションをまわす中で先輩達は指導を行う時間が十分に取れませんでした。

そうして悪循環が始まります。
ケアが不十分であるゆえに若手社員が辞めていくことになります。
指導する立場の人間としては、それまで多忙な中、時間を割き教育したことが無に帰すことになり、徒労感に苛まれます。そして、新人教育への熱が冷めていく。
スタッフの多忙な状態も解消されない。改革の痛みがはっきりと現れてきました。

この事態を解決するために、夫妻は業界の常識を覆す決断をされます。
月曜日の午後と火・水曜日を全館休業にして、スタッフの完全週休2.5日制に踏み切られたのです。

緻密にシミュレーションを行い決断されたものの、周囲には不安視する者もあり、お客様から「なぜ旅館に定休日があるのか」とお叱りも受けたそうですが、結果は想定以上のものでした。

お客様に休館日が浸透して、他の曜日の稼働率が向上しました。
何より、働くスタッフのモチベーションが高まり、年30%あった離職率が3%まで減少することになりました。

そして、これも一般的な旅館が思いもしないことで大きな収益を上げていかれます。
業務のデジタル化を進める中で、開発・ブラッシュアップしてきた自社システムを外販されたのです。
2018年時点で300の施設に導入され、全体の売上の20%以上を占めているそうです。

本体の旅館売上も低迷期の2倍の売上まで上がりました。


改革は「よそ者」「若者」「バカ者」が行うといいます。
まさに、サービス業の素人であり、業界人からみれば「よそ者」の夫妻でした。

この点をもう少し掘り下げると、業界常識、悪しき経験則、固定観念に縛られることなく、裸眼で新鮮な視点から問題を観た結果です。

こうした思考様式を、

クリティカルシンキング

といいますが、これから不確実性が高く、変化の激しい経営環境下ではリーダーには不可欠な要素です。

日本人は、良きにつけ悪しきにつけ、このクリティカルシンキングが苦手な民族であると言われ続けてきましたが、これからは磨いていく必要があります。
次回は、このクリティカルシンキングを高めるポイントを確認いただければと思います。

 

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Author 執筆者

志水浩

志水浩

株式会社新経営サービス 専務執行役員 統括マネージャー

組織開発・教育研修コンサルタントして30年以上のキャリアを有し、上場企業から中小企業まで幅広い企業の支援を実施中。また、研修・コンサルティングのリピート率は85%以上を誇り、顧客企業・受講生からの信頼は厚い。 弊社、人材・組織開発部門、総責任者。