近年、注目を浴びている経営学のイノベーション理論に「両利きの経営」があげられます。
シンプルにいえば、企業は「深化」と「探索」を同時に進めていく必要がある。
例えていえば、器用に右手と左手を同時に動かし、右手で「深化」をはかり、左手で「探索」を進めていくような動きを行うことが存続・発展には欠かせない。
具体的にいえば、「深化」とは既存事業を深掘りして、より顧客にとって価値あるものにしていく、競合と差別化をはかり優位性をつくることに努めつづけていくことがあたります。
「探索」は、視野を広げて事業シーズを見つける活動を行い、これまでとは違う新規分野を模索していくことになります。
そして、新規事業を立ち上げ、試行錯誤しながらも収益があがる事業として、より磨きをかけるべく「深化」をはかる。
一方で、同時期にまた新しいものを「探索」する活動も継続し、有効なシーズを見出していく。こうした動きをつづけていくことが企業の未来を保証していくという考え方です。
ただ、これは「言うは易く行うは難し」です。
アイゼンハワー・マトリックスというものがあります。
タテ軸に重要性、上にいけばいくほど重要性が高く、下になるほど重要性は低い。
ヨコ軸には緊急性をとり、右にいけばいくほど緊急性が高く、左は低い。
そして、タテ軸・ヨコ軸のそれぞれ真ん中に線を引き、格子(マトリックス)状に4つのスペースをつくり、数ある自身や自社の課題・業務を当てはめていき、優先順位付けをつけるツールです。
4つのスペースは、
①重要性が高く、緊急性も高い
②重要性は高いが、緊急性は低い
③重要性は低いが、緊急性は高い
④重要性・緊急性ともに低い
に分けられるわけですが、当然①が最優先されます。
さきほどの「両利きの経営」をあてはめて考えると、通常、収益の柱である既存事業の「深化」施策が、①重要性が高く、緊急性も高い位置付けになりやすくなります。
「探索」施策は②ですね。多くの組織において重要性は高いものの、緊急性は低いという扱いになるでしょう。
ゆえに、どうしても「深化」施策が進み、「探索」施策は先送り、もしくはリソースがあまりかけられないために成果が出ないという状況に陥ります。
また「探索」は、事業チャンスを見つけるまでに時間がかかります。
自社組織・人材に知見が充分にある分野ではないため目利きが難しくなり、失敗も当然多くなります。
一言でいえば、「探索」活動にはコストがかかります。
そして、既存事業の「深化」活動がうまくいけばいくほど「深化」に投資が偏ります。ますます「探索」の必要性が軽視されていきます。
その結果、イノベーションが生まれなくなり、いわゆるサクセストラップ(成功の罠)が生まれていきます。
需要が縮小していく市場の中に居続けることになり、時間が経過すればするほど価格競争が激しくなり利益が出なくなる。
新規の代替品が登場してシェアをあっという間に奪われていく。
そして倒産の道を辿る。
こうした事例は枚挙にいとまがありません。
コロナ禍でさらに語られることが増えてきましたが、これからの時代はVUCAワールドと称される、予測困難で変化の激しい時代に本格的に入ります。
「深化」に偏り、「探索」がなおざりにされる状況をつづけていては、これまでより早期に厳しい局面を迎えることになります。
では、どうすれば良いのか?
もちろんさまざまな要素がある訳ですが、「探索」を継続的に行えている企業と、「深化」に偏り「探索」が不十分な企業の特徴を私なりに整理すると、次のことが挙げられます。
それは、
社内でどれだけ「未来」のことが語られているか
ということです。
「深化」に偏りがちな企業では、経営陣から一般社員に至るまで、過去の出来事(特に成功体験)や現状の問題点が、会議で語られることが多く、飲み会などで仕事の話になったときでも同じ傾向になります。
「探索」も継続的に進められ「両利きの経営」を具現化できている企業は違います。
経営陣の会議では、市場・競合・技術などの予想される環境変化が語られ、未来に対応すべき課題が論じられる時間が多くあります。
経営陣からの一般社員へのメッセージは、未来のビジョン、そのための方向性・シナリオが語られ、一人ひとりが未来のために何をするのか?を問われます。
結果的に、管理職と一般社員との対話の中でも、未来志向の話題が多くなっています。
なかには、定期的・継続的に経営陣と社員が車座形式で、未来の環境変化と取り組むべき事項を語り合う場を設けている企業もあります。
事業やビジネスモデルは時間の経過とともに陳腐化していきます。
ゆえに、「探索」活動を継続的に行う文化・風土をもつ組織をいかにつくるかが企業の本質テーマの一つだと考えます。
組織の「探索」活動が不足しているとお感じならば、まずできることとして、未来を語る場と時間を増やしていくことを御一考なされてはいかがかと思います。