ある上場企業の役員から、グループ企業の社長に就任された方がおられます。
社長就任後は、早々に全国を飛び回り、顧客訪問、各事業所・工場の社員面談を精力的に進められました。その中で、幾つかの課題を感じられましたが、一つのテーマとして認識されたのが、若手・中堅社員の力量不足でした。
所属していた親会社の若手・中堅と比較して明らかな実力差があり、技量不足が原因と思われるミス・トラブルが頻発している状況で、何らかの施策を講じなければ、悪化の一途を辿るのは明らかでした。
社長就任から4カ月後、自身の経営方針をまとめられ、全社員に告知・説明を行われましたが、この若手・中堅社員の教育も重点課題の一つとして挙げられました。
その後、人事部門が中心となり、労力・予算を割いて具体的な施策が展開されていきました。
そして1年が経過した頃、組織状況を把握するために定点観測で行っている社員意識調査が行われました。
その結果を見て、社長は愕然とします。
あれだけ、若手・中堅社員の教育に注力したのに、スコアが低く、教育施策を展開する前の前回調査と何ら変わらない結果だったのです。
どうして、このような結果になっているのか?
・教育施策の内容が、現場にそぐわないものだったのか?
・若手・中堅社員の元々の資質に問題があるのか?
・人事部門の施策の進め方がまずかったのか?
様々な切り口で考えても答えは出ません。
そこで、改めて、自社の組織感情・社員指向について、客観的視点をもって見ている社員、また、長年付き合いのある外部ブレーンに話を聞くことにされました。
その方々に話を聞いて、明らかになった原因は、教育施策の内容でもなく、人事部門の進め方でもありませんでした。
「教育施策の多くが、現場レベルで真剣に行われていない」
ということでした。
具体的には、教育する側の多くの役職者がプレイヤー業務に追われ、整備された手順に則って、時間をかけて教育を進められていませんでした。
その結果が社員意識調査のスコアに反映されていたのです。
さらに分析を進めると、有力な仮説として、事業所長・工場長といった上級管理職が、役職者層に対して教育に注力することを求めていないことが原因として浮かんできました。
そして、上級管理職層に確かめていくと、教育が進まない本質的な理由が見えてきたのです。
長年、自社を率いてきた前任の社長は業績達成志向の強い方だったそうです。業績目標にコミットすることを役員・上級管理職に求め、評価制度も成果主義の色彩が強いものでした。
結果、業績志向の強い組織風土ができたのですが、短期的視点に偏り、いわゆる「重要ではあるが、緊急性は高くない」課題は先送りされ続けてきたのです。
その最たるものが人材育成であり、若手・中堅層の力量に表れていたのです。
影響力の強い人達のメンタルモデル(時間をかけて培われてきた価値観・志向)に、組織・社員は影響を受けます。役員を始めとした上位者層の偏りある短期業績志向が変わらないまま、教育施策を講じても成果が出ないのは自明の理です。
歴史的に培われてきたメンタルモデルが影響していることを悟った新社長は、役員・上級管理職と対話を重ねられ、過度な短期業績志向を払拭することに取り組まれました。
その結果、ようやく教育施策が内容を伴った形で推進をされていきました。
我々は、組織内での様々な問題を改善する際、具体的な方法論に意識が向かいがちですが、問題の根底にあるメンタルモデルに、まず目を向けることが必要かもしれませんね。